高2の2学期(前半:市高祭)
9月15日、遂に市高祭の当日となりました。以前にも紹介した通り、前夜祭、文化祭、体育祭と3日連続で行われます。僕は、前夜祭のトップバッターとしてステージに上がりました。この日のために作詞作曲した「17歳になった君へ贈る」という歌から始めて、全5曲を歌いきりました。大勢の前で複数曲を独唱するのは、これが初めての経験になりました。

記念すべきこの日のセットリスト(記憶不十分)
17歳になった君へ贈る → 君は天然色 → 黒い瞳のナタリー(スペイン語) → しあわせについて
5曲歌った筈なのですが、何故か4曲しか思い出せません。「17歳になった君へ贈る」の後半の歌詞でオリジナルだとバレて会場が騒然となった事(笑)とか、「しあわせについて」のカポを付け忘れて歌い始めてしまった事とか、細かい事はとてもよく覚えているのですが・・・。ちなみに、この日は9月15日、Cさんの誕生日が9月14日だったので、完全に確信犯でした。

そして、文化祭実行委員長として迎えた2日目の文化祭。何故かまったく写真が残っておらず、さすがに委員長の仕事が忙しかったのかな、と思い返してみても、本当に思い出せないのです。モノクロ写真は当時の地方新聞の切り抜き、カラー写真は1年後のものだと思いますが、雰囲気を感じていただけたらと思います。
以下のプログラムによれば、フォークサークル同好会(あしかびフォークサークル)として“Let’s sing our songs”というテーマでライブハウスを行ったのは確かなのですが、これも誰が何を歌ったのか、ほとんど覚えていないのです。今でいう「オープンマイク」に近い状態で、誰でも良いから歌える人を引き込んで、という何でもアリの運営だったと思います。
また、クラス(211HR)ではバザーとしてホットケーキ屋も開店していて、これも事前準備ではメニューの絵などを描いて好評を得ていたのですが、当日の当番からは外してもらっていたと思います。Cさんの事もあり、クラス活動からは距離を置きたかったという心理があるのかも知れないな、と今になって思います。

そして3日目の体育祭、大旗は「風の谷のナウシカ」でした。昨年同様、クラスメートのN君が指揮して完成させました。クラスのゼッケン「II-XI」というローマ数字が見えますが、これは僕がデザインして作った記憶があります。自分が写っている写真は少ないのですが、そうでない(自分が撮影した)写真も一枚一枚に歴史が刻まれていて、頑張っていろいろやっていたなあ、と感慨深いものがあります。

この年もクラス代表で1500メートルに出ました。一年前の失敗を繰り返さないよう、と思っていたのですが、さすがに前2日間の疲れがあったのでしょう。後半失速して7位に終わったと記憶しています。お昼の応援合戦は、マイケル・ジャクソンの「Thriller」をバックに思い思いのコスチュームで踊るスタイルでした(この写真は残っていますが、問題が多すぎて掲載できません:笑)。審査では「統一感がない」という理由で最低点数を付けられてしまったようです。
体育祭が終わった後、自然発生的かつ多発的に人の輪が出来て、俗称「ワッショイ暴動」という現象がよく起こっていました。これも市高名物なのですが、時に制御不能となるので生徒会としては問題視されていました(よって僕は参加しませんでした)。市高祭実行委員会OBとしてこの解決策を提示するのには、あと1年の歳月を要しますが、それはその時にまたお話しします。
本稿の最後に、当時の校誌「葦芽(あしかび)」に掲載された文化祭実行委員長としての作文を掲載しておきます。なんだか、ものすごい上から目線の文章で、今更ながら、スミマセン・・・。

今日も読んで下さって、ありがとうございました。